活 動 報 告 案 内

 
 
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      2008年3月以前の活動記録 および
活動予定日・入会案内は
 ブログ「菊炭友の会」 に掲載しています。


2014年6月以降の活動記録は
 

      ブログ「新・菊炭友の会」 で報告しています。
            (ここをクリックで移動)
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# by cn1398 | 2016-01-08 14:36 | Comments(0)  

(2016) 雑感

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2016.1.8(金) 森林ボランテイア活動の本質ー菊炭友の会賛歌ー

  「野生の桜・エドヒガンの群生がある里山の整備をしませんか」と兵庫県から【里山ふれあい森づくり事業】への参加を呼び掛けられたのがきっかけでした。黒川自治会と整備協定を結び、「桜の森」と名付け、整備を開始したのは2006年8月です。   <桜の森へ第一歩>
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「決まった活動地が欲しい、自分達の炭焼窯が持てる」と言うだけで飛び込みました。個人的に言えば、知識も技術もなく、大手術をした翌年で体力もなく、わずか18名で、暗く荒れた森をどうにか出来るという自信もなく、何年続くかも分からぬスタートでした。
だから、今の桜の森の状態など想像もしていませんでした。
 菊炭友の会はボランテイア活動を目的に発足したのではなく、炭焼きの真似事をしようと言う趣味のグループでした。定年(早期)退職者ばかりで、これからは誰に拘束されることもなく自由に生きるぞと言う人達の集まりです。【里山ふれあい森づくり事業】の助成金を受ける為、桜の森へ来て、ボランテイアグループに変身しました。当面の目標は、助成金の条件である【2年間で2haを整備し、最低5年間、活動を続けること】でした。
 背丈3mの笹薮を切り拓き、ヒサカキを伐り、蔓を切り、除伐し、山の全容を知るために一気に三角点まで作業道を通しました。週一の活動、わずか6ヶ月で、条件の2haの目途を付けたのですから、「すぐに逃げ出す」と思っていた黒川の人達の見方も変わりました。そして、翌年の2月には待望の窯を築き、焼き上がった炭を知り合いの裏千家の先生に見てもらい、褒めて貰って、値もつけて頂き、継続的に購入して頂けることになりました。助成金は初年度だけで、2年目からの必要資金は自分たちで調達しなければいけなかったから、これは大変ありがたいことでした。
 スタート時点で18名だった会員数は3年後の夏には36名になっていました。会員数が少ない時には個人の思い(我儘)が活動に大きく影響します。特に炭の原木の伐り出し作業では多くの人手が必要ですし、炭焼は火の都合優先で、人の都合などお構いなしです。きつい思い、心細い思いをすることもしばしば。でも、総員30名を超えてからは楽になりました。毎回20名もいれば充分で、個人の都合で会の活動が左右されることが無くなりました。しかも新しく活動に参加したメンバーは初めからボランテイア活動と自覚している人達です。
 森の整備や炭焼などについては周りから教えてもらえるだろうとの思いは浅はかでした。炭焼の師匠は亡くなり、桜の森で一番の相談相手になりかけた“長老”も亡くなられ、自分達でどうにかするしかなくなってしまいました。分からないままに実践では色々の経験をし、本棚には里山関係の本が増えて行き、研修会にもどんどん参加しました。まさに泥縄式里山整備です。
 遊歩道を整備する、大径木を伐採する、植樹地を開拓する等など、大きなこと、危険なことには時間をかけました。取り掛かるまでに半年、1年かかったこともあります。現場を見つめ続けました。そうすれば「こうしたらどう・・」と山が教えてくれたかのように、方策が浮かびました。指導者がいない私たちにとって、この方法が間違いを少なくする最良の方法だったと思います。
 菊炭友の会のパンフレットでは【生物多様性豊かな森へー市民の憩いの森・自然体験学習の森】づくりを謳っています。スローガン的目標はありますが、具体的な計画は有りません。作成する力が無いからです。
多くのボランテイアグループが掲げている、あるいは行政が呼びかけている「生物多様性や地球温暖化対策に貢献」している実感はありません。生物多様性については、明るい森にする活動がプラスになっていると思いますが、検証する術も知らず、出来ていません。日照が良くなり、新たに生えてきた植物が有る一方、消えて行ったものもあります。
  「荒れた森を元気な森にすることによって、二酸化炭素の吸収力を高める」と言いますが、それは国の仕事で、ボランテイアで出来るのは啓蒙活動程度です。日本の森で手入れが必要な面積は1000万haにも及ぶと言います。そして、私たちが面倒見続けられるのは一人で年間0.1haでしかないと聞いています。私達の場合も主要メンバー30名で見ればもう少しやれるでしょうが、総員55名で見ると、そんなものでしょう。
地球温暖化対策は最優先事項です。具体的な方策を国も地方もド真剣になって取り組むべき問題です。経済成長で幸せになろうとしている間に、人類が絶滅しないように。
 生物多様性や温暖化対策に私たちの活動が繋がっているのであれば嬉しいです。しかし、実感がありません。実感がないものは励みにはなりません。
私達は、半世紀もの間、放置され暗く荒れた森を【明るく風通しの良い、子供たちの声が弾む森】づくりを推し進めていることは実感でき、誇らしく思い、活動を継続する励みになっています。
                    <桜の森をホームグランドとする緑の少年団>
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 これまで多彩な形で森と格闘するのを楽しんで来ましたが、これからは下草刈りがメーンになり、格闘家には物足りなくなります。新たな活動内容を考える時に来ています。若い人が多い日曜会員の出番です。

 私達の活動を見聞きした人が「何が面ろうて、里山整備や?」「今の時代に何んで炭焼や?」と言う人。「趣味はいっぱい持っているので、毎日、退屈することはないけれど、社会との接点がないのが・・なぁ・・」と羨む友。この二つの感想について考えてみました。
 「明るく風通しの良い森」づくり(だけ)が目標ではないように思えてきました。
黒川の長老の一人、85歳だったと思います。お一人で栗林を、遠目には庭園と見紛うほど綺麗に整備しておられ、体力的に目標にしている方が「大勢で仕事してたら楽しいやろな」と仰る。「何でそんな風に思われます?」と返すと「仕事が捗るやろ、一人でやってると精がないわ」「お一人で、ここまで出来る、敬服しています」と言いながら「人間は社会的動物」と言う言葉を思い浮かべていました。
 そういうことなんかな・・と思うようになりました。荒れた森を綺麗な森にする喜びの為(だけ)ではなさそうです。一人で出来ないことを大勢で組織的にやり遂げる喜び・・もしかすれば人間の本性かも。その本性を発揮し続けられる喜びが活動の原動力になっている。
それは会社生活で卒業したはずだったけれども、ボランテイア組織ではもっと高いレベルでの協働の域に達している。利害関係が全くない者同士の協働が、上手く立ちまわる厭らしさがある会社組織の協働とは比べものにならないほど高次元に達しているということだと思い当たります。初めのうちは、会社組織と同じように考えていたボランテイア組織が、何年も活動を続けていると会社生活とは異次元の純粋な協働が出来ていることに気付きます。
 そう言えば、企業組織と似て非なるのが職制です。社長を筆頭に「長」のつく人がそれぞれの立場で社業のスムーズな遂行を目的に【段取り・準備】を任務にする点はボランテイアの幹事も同じですが、ボランテイアには人事権はありません。企業組織になくてボランテイアにあるものは【無償の奉仕】です。幹事は【無償の奉仕】に支えられて、段取りに専念できます。 組織の構成員の中に何らの駆け引きもなく、強制されることも、報酬を求めることもなく、お互いの立場を尊重し、安全を気遣いながら、純粋な協働で山を動かして行くことに喜びを感じる。全員がそう思えるレベルに達したとき、その組織も人も崇高なものになるのでしょう。                                 <2016年山開き>
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  菊炭友の会の活動の源泉は何処にあるのかを考え、まとめるつもりが、初期の歩みを書くようなことになってしまいました。だとすれば、とても大切なことを書き漏らしています。
ボランテイアグループは何処とも資金面で苦労しているようですが、その点、私達は恵まれています。県の助成金のかなりの部分を炭焼窯という、生産設備に投じたのが良かった。
それに加えて、2009年4月に【国際ソロプチミスト川西クラブ】さんから四駆の軽トラックを寄贈して頂きました。私達の活動を紹介した新聞記事が目に留まり、10名ほどで桜の森へ視察に来て頂き、懇談の中で軽トラック寄贈の話がまとまりました。このトラックが有ったから、今のような活動が出来ている。無ければ会の存在も怪しいものです。
さらに、ちょうどその時期に【セブンイレブンみどりの基金】の助成金で炭切機と薪割機を導入、これで菊炭友の会の経済基盤は盤石のものになりました。
 お茶の先生にお茶炭を、イタリアンリストランテ【 トリトン】さんに薪を継続的に納入させて頂いています。これにより、桜の森の整備費用が賄え、経済的に自立できたと言えます。
企業と違って必要な資金分だけの生産に留めています。
 これを称して、循環型里山整備なんて悦に入っています。

 会の活動に加えて、個人的な楽しみがあります。精神安定剤とでも言いますか、自然の中にいると、とても心が安らぎます。
活動日以外でも、資材の搬入などで、一人で桜の森に入ることがあります。そういう時には、ゆっくり散策したり、ベンチに座り、木を眺めていたりします。植物の種の保存に対する知恵や寿命等、ふと考えることがあります。自然の中では人間の存在などチッポケなものに思えてきます。病気だとか、死だとか大袈裟に考えることではないように思えてきて、ふ~と心が軽くなります。
現役時代の生活の時間は直線的に過ぎ去り、変化が進歩とみなされ、ストレスが溜まりやすく、何か落ち着きがありません。自然の中では時間は直線ではなく循環します。春・夏・秋・冬そしてまた春が来ます。自然は変化を好みません。そのような環境は、私達にも心の落ち着きを与えてくれます。 
ある大学の先生が授業の一環として学生を引率して、ここ5年程、毎年、桜の森を訪ねて来られます。「桜の森での活動は皆さんにとって、どういう意味を持ちますか?」との学生の質問に、そんな話をしていると、先生がポツリと呟かれました。「隠れ家・・」
「う~ん」なるほど・・うまい表現だなと思いました。桜の森での活動は私達高齢者にとって、社会に関わると同時に、社会からのシェルターの役割も果たしているようです。
 仲間の一人がほろ酔い気分になると、いつも歌うようにいう言葉があります。
   「黒川の山に向かいて言うことなし。菊炭友の会はありがたきかな」
  同感! 菊炭友の会賛歌です。

# by cn1398 | 2016-01-08 14:27 | Comments(0)  

(2015)  雑 感


2015.1.25(日) 垂涎のクヌギ 
  大分県のクヌギ蓄積量は日本最大、全国の22%も占めているそうです。
 このたび見学の機会を得、世界農業遺産に登録された国東半島を車で走り、豊後大野市
 の椎茸名人・小野九州男さんを尋ねました。クヌギ林の多いのに圧倒され、そのクヌギ林
 の下草刈りが徹底されているのに感嘆の声を上げるほどでした。
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 肉用牛をクヌギ林へ放牧、下草を食べさせる「牛の舌刈り」の成果です。
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 炭の原木として、垂涎のクヌギが、いたる所と言ってよいほど、あります
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  斜面も緩やかで、軽トラックが横付けできる所ばかりです。
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  一反に150本が限度とか、それ以上だと枯死する木が出るとのこと。2坪に1本ですね。 
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  台場はなく、実生ばかりと思えましたが、そうではなく、地際で伐採されていました。「台場
 クヌギ」と言う言葉はなく、株を長持ちさせるには、こういう伐り方が良いという話でした。
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  牛もクヌギの葉を食べるので、伐採後2年間は人が下草刈りをし、牛を入れません。
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 ホダ木として伐採、玉切し伏せてあります。伐採は炭と同じ、水を上げていない時期です。
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 道路沿いにも、クヌギ林が点在しています。
 見た中では、これ ↓ が一番下草が伸びていました。
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 椎茸名人のホダ場です。壮観なものでした。乾椎茸生産量日本一の大分県での代表的なホダ場です。 私が少し前に立っているものですから、名人が実際より小さく写っています。
 名人が使うホダ木はクヌギだけ、コナラは身が薄くなるので使わないとのこと。 
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 私の最大関心事はこれ ↓ 。炭の原木としては黒川のクヌギが最高!? どう違うのか?
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 黒川から見本を持って行きました。白っぽいのが、それです。 小野さんに「黒川のクヌギです。何か違いがありますか?」年輪を数えて、「これも15年くらいですね。」椎茸用は15年周期で輪伐するそうです。「樹皮が薄い、きれいですね」と。大分の方が成長が早く、年輪の幅が広い。炭には幅の狭い木が良いのですが、椎茸には幅の広い方が良いということでした。樹皮は椎茸にも薄い方が良い。黒川では、お茶炭に出来ない太い木を椎茸用に回しますが、大分では効率は悪くなるけれど、細い木にも植菌するとのことです。
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  昭和20年代までは椎茸でなく炭を焼いており、30年代になって肉用牛の多頭化と椎茸
 栽培による複合経営が主流になったそうです。この木はどんな炭になるのだろうか、火持
 ちは多分、年輪が絞まっている黒川の方が良いかもしれません。鹿の食害は国東半島で
 は困っている状況でしたが、豊後大野市ではそれほどでもないようでした。
  とにかく、見事なクヌギ林ばかりで、ますます、「日本一の里山」と言いにくくなりました。

# by cn1398 | 2015-01-25 16:32 | Comments(0)  

(2014)  雑  感

2014.12.31(水) 黒川の里山をめぐる最近の動きで思うこと
①北摂SATOYAMA国際シンポジュウム
 一昨年、石田先生が東京で開催された里山イニシアチブの大会で発表される折、外国のお客様に見本を兼ね、お土産用に菊炭を用意させて頂いたことがあります▼この地球規模の呼びかけを、阪神北県民局が北摂里山から発信したのには驚きました▼11月30日に宝塚ホテルで開催された【北摂SATOYAMA国際シンポジュウム】は「北摂里山の新たな価値創出と世界への発信」との副題のもと、ドイツとフィリピンからの参加もあり、同時通訳の装置も伴い、国際会議の雰囲気をちょっぴり味わいました▼翌日はエクスカーションと称し、約50名がバスで黒川を訪問。妙見水広場周辺、今西さんの炭焼場、そして黒川公民館で昼食、最後に桜の森へも来られました▼話1時間、見学30分と慌ただしいものでしたが、外国からのお客様も参加しておられ、ドイツの○○さんは上手な日本語で幾つもの質問をされました▼シンポジュウムは成功だったのではないでしょうか。 ただ、県民局の動きを見ていて、黒川に期待をかけるのは分かるけれど、生業で炭焼きをしておられる方に、自然との共生のモデルを求めているとすれば、お互いに不本意な結果になるのではないかと思いました。
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②川西市再開発地域
 先日、川西市と関係者10数名が、市の中央部の再開発地に台場クヌギの森を造る件で来られました。樹齢別の実生クヌギの提供を求めて▼8年分の手入れの行き届いた実生クヌギ林をみて「これはいい!」▼桜の森のクヌギが役立ち、黒川にも良いことと思う反面、本物の台場クヌギ林が近くにあるのに、どういう意味を持つことになるのかなとの思いも。
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③エドヒガン、台場クヌギの天然記念物指定
 エドヒガン群落の天然記念物指定に続いて、台場クヌギを川西市の天然記念物に指定しようとの動きがあるようです▼最も樹齢を重ねたエドヒガン群落と自負している「黒川・桜の森」を指定していない川西市のやり方に疑問を持っているところへ、今度は台場クヌギ▼指定に関係なく保全は続けますが、行政は思いつき的と言えば失礼でしょうか▼黒川も、これだけ取り上げられれば、さあ!大変▼この動きを黒川の活性化にどう活用するのか。手入れが行き届いたイミテーションに比較し、本物が荒れていたでは格好がつかない▼過疎と高齢化の中で、自立心の向上が求められる訳で、そのためにはどうすれば良いのか、黒川住民の真価が問われることになります。



2014.8.30(土)  ボランテイアグループと情報手段
 活動への参加は任意と言うのがボランテイアグループの大きな特徴。だから会員数が50名にもなると、全員が一堂に会することは年間を通じて、まず無い。こういう組織では情報の伝達手段としてメールが重宝する。携帯でも電話していた人がメールに代わってきている。だが、メールがあっても何日も開かなかったり、メールが使えない会員が多いと幹事泣かせだ。メールが無ければFAX、FAXも無ければ電話、と煩雑さが拡大する。▼しかし、このメールが曲者だ。電卓が人の暗算能力を低下させ、ワープロが漢字力を衰えさせたように、メールは人間の話力を劣化させる。メールを主たる手段として仕事をして来たと思われる人のパソコンの駆使能力には舌を巻くが、話し方は、ぶっきらぼうで人間味を感じさせない人が多い▼そのうえ計算力、漢字力と異なり、メールはひとまとまりの情報を伝える道具であるけれど、相手に与える印象は対面で話し合うことと比較すれば、極めてお粗末なものである。それがお詫びのメールであったりすると最悪になる。心が伝わって来ないだけでなく、形式的なジェスチャーに思えたりして逆効果となる場合がある▼ボランテイアに参加する人は殆どが初対面で何の利害関係もなく、また、過去についても詮索せず、在りのままで付き合っている。私たちのような森林ボランテイアでは単独活動は禁止しており、最低2名のコンビを組んで動く。協同作業の過程で相手に対する安全への思いやりなどは口にしなくとも伝わる。そういう関係の中から信頼関係を築き上げて行く▼ところが、メールの多用は地道な努力をぶち壊しかねない。全く体温が感じられないからだ。「メールを入れておいたから、それで良し」で片付かないものが結構ある。ここのところをしっかり認識してメールを重宝したいものだ。



2014.7. 3(木)  クヌギ林の盛衰
 日本には自生のクヌギはなく植林起源とされている▼川西市編纂「川西史話」の記述に「延宝検地帳によると、一庫村には百姓の持ち山89町8反のうち84町、黒川村では67町2反、そして国崎村には60町のクヌギ山があった」とされている。延宝7年、1679年頃のことである▼戦中・戦後、大量の木材を伐採。荒廃した国土緑化のため、伐採跡地で植林が進められた。特に、昭和30年代以降、電気、ガスの普及により薪炭需要が激減、一方、高度経済成長下で建築用材の需要が増大、薪炭林を人工林に転換する「拡大造林」が進められた。黒川の杉、桧林も元は薪炭林であったのだろう▼北摂の山中には、彼方此方に炭焼き窯跡が有る。炭に焼くと重さが五分の一になるから、重い原木の傍に窯を築いたのだ。今は亡き長老が「黒川小学校の校歌に『谷間に棚引く炭焼きの煙』と言う一節があった」と述懐されるほど、多くの窯から煙が立ち上っていたのだろう▼昭和30年代に入り、多くの人が外に職を求め、炭焼き師は減少。一方、炭焼にも一部分、機械力が加わり、窯が屋敷に近づき、大型化した。人が背負って山から搬出する炭の道が、運搬車で原木を搬出する道に変わった▼伐採効率の低い山は、後回しになり、そこへ過疎・高齢化が追い打ちをかけ、やがて放置林化して行った。人間の生活が自然に与える影響はこのようなものである▼薪炭林としてフル活用されていた里山が 人と自然の共生の場 であったと言われるのに対して、活用が途絶え、人の手が入らなくなった山は日照や獣害などの問題がさらに大きくなる▼クヌギ林に隣接した杉・桧の人工林が成長、炭材として皆伐したクヌギ林の日照を阻害し枯死させる。奥山から里山まで進出してきた獣により、伐採後のクヌギの新芽が食害に遭い、枯れる。
自然のシステムの一部が壊れると、全体が荒廃して行く。それに過疎・高齢化の諦めが重なる▼放置林で大径木化したクヌギを伐採、萌芽更新で若返りを図る。伐採した木は薪にする、椎茸のホダ木にする、炭に焼く。自然を守るために木を伐る。笹薮を拓いて実生クヌギ林を造る。細やかではあるが私たちの活動は続けて行く。


 クヌギ実生苗の育て方
b0129962_15111366.jpgドングリは10月~11月に露地植えする。土には腐葉土と、水はけを良くする為に粒子の細かい赤玉土をまぜる。乾燥しないように藁をかけ、水やりは自然の雨に任す。
芽は4月から5月に出る。1年間で40から50cmに育つ。

< ←ポット苗の作り方 >
1年後、木も根も合わせて12cm位に切って、ポットに移植する。
―木の部分5cm位。根の部分5~7cm―
(6月14日処置、7月6日撮影)



2014.6.19(木)  桜の森 実生クヌギ林の起源
 桜の森のゲート周辺に樹高7m位のクヌギが40本ほど林立しています。来客に「子供たちがドングリから育てました。」と言うと、みなさん感嘆の声をあげられます▼平成17年11月に牧の台緑の少年団の子供たちがドングリ約500個を拾い牧小の校庭の角を借り、苗床をつくり植えました。翌年5月に発芽し、平成19年4月に成長の早いものを選んで、ゲート周りに植樹しました。▼平成19年から始まった兵庫県の小学3年生の環境体験学習で牧小が植樹したクヌギの苗も当初は緑の少年団が育てたものでした。ただし平成19年は、桜の森では未だ植樹地が開拓中で、一庫ダム管理事務所の前の山に植樹しています。ダムで育てておられた苗を頂いて▼平成20年からは体験学習の最後に子供一人につきドングリ1個をポリポットに植えることにしました。校庭の苗床で2年間育て、3年目に桜の森に植樹するというサイクルがこの時点で固まりました。21年だったと思います、自分たちで育てた苗が用意できずに淡路の植木屋から購入したことがあります。1本250円でした▼第1期に拓いた植樹地では300本位が見事に育ち、満杯になり、去年から第2期に拓いた場所に植樹しています▼カミキリムシなど害虫にとって、同樹齢の木が密生しているのは都合の良いことらしく、平成24年から25年にかけてかなりの被害に遭いました▼しかし、悪いことばかりでなく、被害に遭った木がそろって樹液を流したからでしょう、沢山のカブトムシやクワガタ、それに憧れのオオムラサキにも会うことが出来ました▼今年も今月14日に牧の台緑の少年団が牧小の苗床の整理をしました。その折に、3本限定で、地上部も根の部分も10cm、全体で20cmに切ってみました。淡路の植木職に聞いた方法です。これまで怖くて出来なかつたことをやってみました。どのような結果が出るでしょう・・。桜の森のクヌギ林は子供たちの手によって、ここからこのようにして始まります。
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今年発芽した70本です。
クヌギの発芽率はほぼ100%です。
平成28年に桜の森に来ます。

 



            
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昨年発芽したものです。
来年、桜の森にやって来ます。
                    
            
第3期の植樹地開拓は秋には始まるでしょうか。 新会員も桜の森初期の作業が体験できますね。 
  

         

2014.6.2(月)  日 曜 会 員
 今年も、既に6月。高校3年の会員は学校の部活を引退、受験勉強に集中します▼昨日(1日)の活動を最後に、H君も菊炭友の会を来春まで休会、阪大を目指します。バイオを勉強したいそう。帰宅時に「頑張れよ!」「たまには息抜きに来いよ」と声をかけられていました。▼今年は、Mさんが京都府大の森林学科に現役で合格。「大学で習ったことを教えて」と期待されています▼高校生会員がいることにより、受験勉強など遠い昔のことが蘇り、現実の活動にも変化があり、なんだか新鮮な感覚が味わえます。▼1年生のG君「そんなことしてる暇が有れば勉強しなさい」・・と母親に言われ、入会同意書にサインを貰えてないとか▼お母さん、大丈夫。勉強にプラスになってもマイナスにはなりません。今日のように弁当を持たせて参加させてあげて下さい。通常会員から見れば、高校生は孫の年代。やさしく、厳しく対応します。核家族化している今、祖父母と思って交流させるのも、人生の肥料になるかも▼今朝のミーテイングでは日曜会員の活動が話題になりました。日曜日は第一と第三、そして毎週、火曜日が活動日。第一日曜日は、従来からの活動日。第三日曜日は、日曜会員から「もう一日」と言う希望が出て、設定されました▼従来から活動の第一日曜日は、火曜日と同じ内容、作業中心です。第三日曜日は、日曜会員の特色を出した内容にしては・・と言う提案です▼話し合いでは、第一日曜日はこれまで通り、火曜日の内容と同じ。第三日曜日は日曜会員が企画し、独自の内容とする。日曜会員が通常活動を体験したい時には、第一日曜に参加する。通常会員が日曜活動を体験したい時には、第三日曜に参加するという方向でまとまりました▼これまで、日曜日が2回設定されていたけれど、第一への参加が多く、日曜の特色が出せていませんでした。日曜会員は第三日曜に重点を置いて参加すれば、特色が出しやすくなります。検討してください。



# by cn1398 | 2014-06-02 12:17 | 雑  感 | Comments(0)