(2016) 雑感

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2016.1.8(金) 森林ボランテイア活動の本質ー菊炭友の会賛歌ー

  「野生の桜・エドヒガンの群生がある里山の整備をしませんか」と兵庫県から【里山ふれあい森づくり事業】への参加を呼び掛けられたのがきっかけでした。黒川自治会と整備協定を結び、「桜の森」と名付け、整備を開始したのは2006年8月です。   <桜の森へ第一歩>
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「決まった活動地が欲しい、自分達の炭焼窯が持てる」と言うだけで飛び込みました。個人的に言えば、知識も技術もなく、大手術をした翌年で体力もなく、わずか18名で、暗く荒れた森をどうにか出来るという自信もなく、何年続くかも分からぬスタートでした。
だから、今の桜の森の状態など想像もしていませんでした。
 菊炭友の会はボランテイア活動を目的に発足したのではなく、炭焼きの真似事をしようと言う趣味のグループでした。定年(早期)退職者ばかりで、これからは誰に拘束されることもなく自由に生きるぞと言う人達の集まりです。【里山ふれあい森づくり事業】の助成金を受ける為、桜の森へ来て、ボランテイアグループに変身しました。当面の目標は、助成金の条件である【2年間で2haを整備し、最低5年間、活動を続けること】でした。
 背丈3mの笹薮を切り拓き、ヒサカキを伐り、蔓を切り、除伐し、山の全容を知るために一気に三角点まで作業道を通しました。週一の活動、わずか6ヶ月で、条件の2haの目途を付けたのですから、「すぐに逃げ出す」と思っていた黒川の人達の見方も変わりました。そして、翌年の2月には待望の窯を築き、焼き上がった炭を知り合いの裏千家の先生に見てもらい、褒めて貰って、値もつけて頂き、継続的に購入して頂けることになりました。助成金は初年度だけで、2年目からの必要資金は自分たちで調達しなければいけなかったから、これは大変ありがたいことでした。
 スタート時点で18名だった会員数は3年後の夏には36名になっていました。会員数が少ない時には個人の思い(我儘)が活動に大きく影響します。特に炭の原木の伐り出し作業では多くの人手が必要ですし、炭焼は火の都合優先で、人の都合などお構いなしです。きつい思い、心細い思いをすることもしばしば。でも、総員30名を超えてからは楽になりました。毎回20名もいれば充分で、個人の都合で会の活動が左右されることが無くなりました。しかも新しく活動に参加したメンバーは初めからボランテイア活動と自覚している人達です。
 森の整備や炭焼などについては周りから教えてもらえるだろうとの思いは浅はかでした。炭焼の師匠は亡くなり、桜の森で一番の相談相手になりかけた“長老”も亡くなられ、自分達でどうにかするしかなくなってしまいました。分からないままに実践では色々の経験をし、本棚には里山関係の本が増えて行き、研修会にもどんどん参加しました。まさに泥縄式里山整備です。
 遊歩道を整備する、大径木を伐採する、植樹地を開拓する等など、大きなこと、危険なことには時間をかけました。取り掛かるまでに半年、1年かかったこともあります。現場を見つめ続けました。そうすれば「こうしたらどう・・」と山が教えてくれたかのように、方策が浮かびました。指導者がいない私たちにとって、この方法が間違いを少なくする最良の方法だったと思います。
 菊炭友の会のパンフレットでは【生物多様性豊かな森へー市民の憩いの森・自然体験学習の森】づくりを謳っています。スローガン的目標はありますが、具体的な計画は有りません。作成する力が無いからです。
多くのボランテイアグループが掲げている、あるいは行政が呼びかけている「生物多様性や地球温暖化対策に貢献」している実感はありません。生物多様性については、明るい森にする活動がプラスになっていると思いますが、検証する術も知らず、出来ていません。日照が良くなり、新たに生えてきた植物が有る一方、消えて行ったものもあります。
  「荒れた森を元気な森にすることによって、二酸化炭素の吸収力を高める」と言いますが、それは国の仕事で、ボランテイアで出来るのは啓蒙活動程度です。日本の森で手入れが必要な面積は1000万haにも及ぶと言います。そして、私たちが面倒見続けられるのは一人で年間0.1haでしかないと聞いています。私達の場合も主要メンバー30名で見ればもう少しやれるでしょうが、総員55名で見ると、そんなものでしょう。
地球温暖化対策は最優先事項です。具体的な方策を国も地方もド真剣になって取り組むべき問題です。経済成長で幸せになろうとしている間に、人類が絶滅しないように。
 生物多様性や温暖化対策に私たちの活動が繋がっているのであれば嬉しいです。しかし、実感がありません。実感がないものは励みにはなりません。
私達は、半世紀もの間、放置され暗く荒れた森を【明るく風通しの良い、子供たちの声が弾む森】づくりを推し進めていることは実感でき、誇らしく思い、活動を継続する励みになっています。
                    <桜の森をホームグランドとする緑の少年団>
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 これまで多彩な形で森と格闘するのを楽しんで来ましたが、これからは下草刈りがメーンになり、格闘家には物足りなくなります。新たな活動内容を考える時に来ています。若い人が多い日曜会員の出番です。

 私達の活動を見聞きした人が「何が面ろうて、里山整備や?」「今の時代に何んで炭焼や?」と言う人。「趣味はいっぱい持っているので、毎日、退屈することはないけれど、社会との接点がないのが・・なぁ・・」と羨む友。この二つの感想について考えてみました。
 「明るく風通しの良い森」づくり(だけ)が目標ではないように思えてきました。
黒川の長老の一人、85歳だったと思います。お一人で栗林を、遠目には庭園と見紛うほど綺麗に整備しておられ、体力的に目標にしている方が「大勢で仕事してたら楽しいやろな」と仰る。「何でそんな風に思われます?」と返すと「仕事が捗るやろ、一人でやってると精がないわ」「お一人で、ここまで出来る、敬服しています」と言いながら「人間は社会的動物」と言う言葉を思い浮かべていました。
 そういうことなんかな・・と思うようになりました。荒れた森を綺麗な森にする喜びの為(だけ)ではなさそうです。一人で出来ないことを大勢で組織的にやり遂げる喜び・・もしかすれば人間の本性かも。その本性を発揮し続けられる喜びが活動の原動力になっている。
それは会社生活で卒業したはずだったけれども、ボランテイア組織ではもっと高いレベルでの協働の域に達している。利害関係が全くない者同士の協働が、上手く立ちまわる厭らしさがある会社組織の協働とは比べものにならないほど高次元に達しているということだと思い当たります。初めのうちは、会社組織と同じように考えていたボランテイア組織が、何年も活動を続けていると会社生活とは異次元の純粋な協働が出来ていることに気付きます。
 そう言えば、企業組織と似て非なるのが職制です。社長を筆頭に「長」のつく人がそれぞれの立場で社業のスムーズな遂行を目的に【段取り・準備】を任務にする点はボランテイアの幹事も同じですが、ボランテイアには人事権はありません。企業組織になくてボランテイアにあるものは【無償の奉仕】です。幹事は【無償の奉仕】に支えられて、段取りに専念できます。 組織の構成員の中に何らの駆け引きもなく、強制されることも、報酬を求めることもなく、お互いの立場を尊重し、安全を気遣いながら、純粋な協働で山を動かして行くことに喜びを感じる。全員がそう思えるレベルに達したとき、その組織も人も崇高なものになるのでしょう。                                 <2016年山開き>
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  菊炭友の会の活動の源泉は何処にあるのかを考え、まとめるつもりが、初期の歩みを書くようなことになってしまいました。だとすれば、とても大切なことを書き漏らしています。
ボランテイアグループは何処とも資金面で苦労しているようですが、その点、私達は恵まれています。県の助成金のかなりの部分を炭焼窯という、生産設備に投じたのが良かった。
それに加えて、2009年4月に【国際ソロプチミスト川西クラブ】さんから四駆の軽トラックを寄贈して頂きました。私達の活動を紹介した新聞記事が目に留まり、10名ほどで桜の森へ視察に来て頂き、懇談の中で軽トラック寄贈の話がまとまりました。このトラックが有ったから、今のような活動が出来ている。無ければ会の存在も怪しいものです。
さらに、ちょうどその時期に【セブンイレブンみどりの基金】の助成金で炭切機と薪割機を導入、これで菊炭友の会の経済基盤は盤石のものになりました。
 お茶の先生にお茶炭を、イタリアンリストランテ【 トリトン】さんに薪を継続的に納入させて頂いています。これにより、桜の森の整備費用が賄え、経済的に自立できたと言えます。
企業と違って必要な資金分だけの生産に留めています。
 これを称して、循環型里山整備なんて悦に入っています。

 会の活動に加えて、個人的な楽しみがあります。精神安定剤とでも言いますか、自然の中にいると、とても心が安らぎます。
活動日以外でも、資材の搬入などで、一人で桜の森に入ることがあります。そういう時には、ゆっくり散策したり、ベンチに座り、木を眺めていたりします。植物の種の保存に対する知恵や寿命等、ふと考えることがあります。自然の中では人間の存在などチッポケなものに思えてきます。病気だとか、死だとか大袈裟に考えることではないように思えてきて、ふ~と心が軽くなります。
現役時代の生活の時間は直線的に過ぎ去り、変化が進歩とみなされ、ストレスが溜まりやすく、何か落ち着きがありません。自然の中では時間は直線ではなく循環します。春・夏・秋・冬そしてまた春が来ます。自然は変化を好みません。そのような環境は、私達にも心の落ち着きを与えてくれます。 
ある大学の先生が授業の一環として学生を引率して、ここ5年程、毎年、桜の森を訪ねて来られます。「桜の森での活動は皆さんにとって、どういう意味を持ちますか?」との学生の質問に、そんな話をしていると、先生がポツリと呟かれました。「隠れ家・・」
「う~ん」なるほど・・うまい表現だなと思いました。桜の森での活動は私達高齢者にとって、社会に関わると同時に、社会からのシェルターの役割も果たしているようです。
 仲間の一人がほろ酔い気分になると、いつも歌うようにいう言葉があります。
   「黒川の山に向かいて言うことなし。菊炭友の会はありがたきかな」
  同感! 菊炭友の会賛歌です。

by cn1398 | 2016-01-08 14:27  

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